広島高等裁判所 昭和25年(ネ)179号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。昭和二三年法律第一七九号地方自治法の一部を改正する法律により定められた地方自治法附則第二条の規定による。呉市から広町の区域を変更分離する住民投票が成立した報告について、被控訴人が昭和二十五年三月三十日なした、呉市から広町の区域を分離しない、とする行政処分はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「仮に都道府県議会は適法な住民投票の結果に対してもなお過半数の多数を以てこれを否決することができるとしても、改正前の地方自治法附則第二条の適用にあたつては住民の意思を尊重しなければならないのに、これを無視して正当の理由なく広町の分離を拒否した広島県議会の議決は権利の濫用であつて、これに基く被控訴人知事の本件処分も亦権利濫用の違法がある。仮りに本件行政処分が権利の濫用でないとしても、本件分離問題をめぐる広町と呉市との間のいきさつ、人情風俗の相違等に照らし広町と呉市との融和が到底期待できない事情にあるので、本件行政処分は具体的妥当性を欠くものとして行政事件訴訟特例法第一一条の法意に鑑みこれを取消すべきである。」と述べ、被控訴代理人において、控訴人等が仮定抗弁として主張する事実は何れもこれを否認する。と述べたほか原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(証拠省略)。
三、理 由
先ず本件訴訟の適否につき判断する。
行政事件訴訟特例法にいわゆる「行政庁の処分」とは行政庁から公共団体又は国民に対して行う公法上の行為であつて、これらの者の権利義務につき直接且つ具体的な法律効果を及ぼすもの(法律行為のほか準法律行為を含む)を指称し、行政庁の法律行為であつても公共団体又は国民の権利義務に直接且つ具体的な法律上の影響のないものは特別の規定のない限りいわゆる抗告訴訟の対象とならないものと解するを相当とする。
これを本件についてみるに、控訴人主張の呉市長宛ての通知により表示せられた被控訴人知事の「広町を呉市から分離しない。」旨の決定は控訴人等の権利義務に直接且つ具体的な法律効果を及ぼすものとは認められないから行政事件訴訟特例法にいわゆる「行政庁の処分」ということはできない。控訴人等は被控訴人知事の右決定により、昭和二三年法律第一七九号地方自治法附則第二条による控訴人等広町住民の分合変更権が不当に侵害せられた旨主張するけれども、右分合変更権なるものは住民の具体的な権利利益に関するものではなく住民一般の権利利益に関するものであるから、特別の規定の存しない限り広町の住民並にその団体である控訴人等は右分合変更権侵害を主張して出訴することは許されないものと解するを相当とする。地方自治法その他いかなる法令においても被控訴人知事の為した本件決定に対し、これが取消を求める訴を認めている規定は存在しないので、控訴人等において市民税の賦課処分、農地の買収処分等直接且つ具体的な権利義務に影響ある行政処分の取消、無効確認の訴訟においてその先決問題として被控訴人知事の本件決定の無効(但し絶対無効の場合に限る)を主張すればともかく、単に右決定の取消を求める本件訴は不適法として却下を免れない。
もつとも、本件において前掲附則第二条による広町分離請求の投票において、広町選挙人の有効投票の過半数の同意がありながら、広島県議会の否決に基く被控訴人知事の決定により広町の分離が成立しない儘、広町住民からこれが救済のための訴を提起することができないということは、住民の利益保護に欠けるところなしとしないが、かような場合に住民から出訴できる旨の規定の存しない以上、法の不備として止むをえないことといわなければならない。昭和二五年法律第一四三号による改正地方自治法附則第二条第五、六項により、僅かに過半数の同意を得たに過ぎない場合の市町村の廃置分合又は境界変更を認めないことにすると同時に、都道府県議会の出席議員の四分の三以上の同意がなければ大多数の住民の意思に反する議決ができないことに改めて従前の規定の不備を補つたことは、改正前の附則第二条に関する前記解釈の正当であることを裏づけるものと解せられる。なお附則第二条に関する前記解釈は控訴人等主張のように憲法第九二条の精神に反するものとは考えられない。
以上の説示により明らかなとおり控訴人等の本訴請求は訴の対象とならない被控訴人知事の行政行為を捉えてその取消を求めるものであるから、不適法な訴として却下を免れない。本件訴を不適法として却下した原判決は結局において正当であるから、本件控訴は失当としてこれを棄却すべきである。よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 植山日二 佐伯欽治 宮田信夫)